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北軽井沢 山小屋暮らし

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北軽井沢 山小屋暮らし
ブログ紹介
闘いの日々は遠くに去り、今は悠々リタイア生活。雪のない季節は山に登り、雪の季節はスキー、その合間に北軽井沢の唐松の森の中で山小屋暮らしを楽しんでいます。
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花植え

2017/06/13 17:12
 軽井沢は花の文化がきわめて希薄。鬱蒼とした森に覆われ、別荘の庭には苔が広がるという日本的な雰囲気が伝統となっているのかもしれません。軽井沢を代表する旧軽井沢の通りでも花壇は少なく、中軽井沢を代表する星野エリアでは、それがコンセプトでもあるかのように人工的な花は一切、置いてありません。
 辺りは素晴らしい高ノ覆われているのですから、それはそれで美しいのですが、ヨーロッパの山国やカナダやアメリカのリゾート地の花で満たされた沿道や窓辺もまた美しいとおもうのです。
 ここ北軽井沢も溢れるほどの高ノ覆われ、別荘の庭も自然のままというものが多いのですが、我が家は少しの花を・・・。ケーヨーD2と久保農園からいろいろ買い込み、梅雨前の好天の下、花植えを楽しみました(妻が)。私は運搬と配置係。
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山つつじの季節

2017/06/10 09:48
 今年も山つつじの季節がやってきました。移植したわけではないのに、なぜか私の山荘の周りだけに多く繁殖し、さながら「ツツジ御殿??」の様相。一週間くらいは楽しめそうです。

山つつじに囲まれて。
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6月初旬の花々。
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今シーズン最後の山スキー 乗鞍岳 6月4日

2017/06/10 09:43
 先週が最後のつもりだったのですが、乗鞍岳の春山登山バス用の除雪が進み、大雪渓口まで運行延長されたので、これが本当の最後と、出かけました。
 大雪渓口の標高は2600m、乗鞍岳は3026mm。標高差わずか400mほどの登りで3000mの頂きに立て、そこから位ヶ原まで大滑降が楽しめるという、今の季節限定のお手軽コースなのです。

8時半発の1便は4台発車。大勢の人たちが押し寄せました。
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終点の大雪渓口。ここから山頂まで標高差はわずか400m。
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ほんのひと登りで3000mの頂きへ。
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3000mの山頂は氷点下。凍えるほどの寒さでした。
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滑ってきた斜面を振り返る。まだまだ雪はたっぷり。
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妻のキルト展

2017/06/10 09:37
 5月31日から日本橋・三越で恒例のキルト展。今年のテーマは「憧れの画家たちへのオマージュ」。妻は江戸時代の絵師、鈴木其一の白椿図をモチーフに、古い和布で制作。
 半年ほどを費やしたのですが、昨年の私の皮肉を覚えていたらしく、主婦業を疎かにすることはありませんでした。意地を張ったのでしょうね。
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優雅な平日の可否

2017/05/22 15:33
 「皆が働いているのだから平日のテニスは控える」と、天皇陛下は趣味のテニスを楽しむのを休日に限定されているそうです。私も現役を退いてしばらくは平日に遊んでいると落ち着かなかったものです。
 それは「皆を思いやり、己を律する」というような高尚なものではなく、少しの気の咎めに加え、平日にウロウロしている己の姿が好きではなかったという、きわめて個人的理由によるものだったのです。
 今でも少しの抵抗はあるのですが、以前に比べれば平気で、「今日は天気が良いから」とか「駅前の書店を覗いたついでに」と、少し遠くの公園まで散歩したり、安いコーヒー店でのんびりしたりと、自由な時間を楽しめるようにはなっているのです。そんなことを今朝、妻に話すと、「もうすぐ70歳でしょ。どうぞご自由に!」と、突き放すような返答。
 というわけで、本日は爽やかな空の下、石神井公園までのんびりと散歩。萌黄から初夏のものへと変わろうとしている木々の緑を堪能してきました。
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乗鞍岳 山スキー 5月8日

2017/05/11 17:40
 三本滝発8時45分の始発バスに乗り、位ヶ原まで。大型連休が終わった平日だというのに、山スキーバスは2台発車。人気の乗鞍岳です。
 青空が広がり太陽が燦々と輝いていたのですが、西からの風が強く、手が凍えるほどの低温。山頂下の斜面はアイスバーンになっていました。この日50人ほどが入山したのですが、アイスバーンを登りきって山頂に到達したのは7人のみ。
 今年は雪が多く、下山はツアーコースを滑って三本滝まで。山頂から標高差1200mの大滑降を堪能しました。

始発のバスを待つ山スキーヤー。
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除雪が進み、位ヶ原山荘の先に現れた雪の回廊。
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乗鞍岳の大斜面。今年はたっぷりの雪でした。
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山頂下の斜面は冷たい風のためアイスバーンに。
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山頂からの展望。穂高連峰が遠くに望まれます。
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日焼け防止のために怪しい格好です。
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滑降した斜面を振り返る。
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ツアーコースにも雪はたっぷり。
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安全圏まで滑り下りてから、遅い昼食。
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渋峠から芳ケ平 滑ってから登る山スキー 5月2日

2017/05/11 17:28
 山スキーと言えば、苦労して登ってから滑降を楽しむのですが、今回は、まず滑り下りてから登るという変則的な山スキーでした。
 志賀草津ルートの除雪が終わると雪の回廊の中を草津から志賀高原まで抜けることが出来ますが、途中の最高点、渋峠から草津側の芳ケ平まで素晴らしい雪の斜面が広がっているのです。
 駐車場の端からスキーを付けて滑り下りるという、超安易な山スキーなのですが、楽しんだ後は元の駐車場まで戻るためのきつい登りが待っています。
 どちらが良いかと問われれば、私は最初に苦労をして、後から楽をするというのが良いですね。

渋峠の志賀草津ルートから見下ろした芳ケ平。
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芳ケ平から見上げる立ち入り禁止となっている白根山。
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滑り下りた大斜面。きつい戻りが待っています。
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渋峠 ミニ山スキー 4月29日

2017/05/11 17:23
 渋峠スキー場と横手山スキー場で今シーズン最後のゲレンデスキーを楽しんだあと、午後は渋峠から万座へと続く尾根の上の小ピークまでミニ山スキー。 
 初夏のような陽気の中、ザラメ雪の上をのんびりと登りました。
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信越エリアで一番遅くまで滑れる渋峠スキー場。
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渋峠から万座へと続く尾根。かつてのスキーツアーのクラシックルートの一部。
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目の前に草津白根山。振り返れば横手山。
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山頂で昼食。スベア123に火を点け、いつものようにチキンラーメン。
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大型連休

2017/05/11 17:13
 長女一家が訪れ、賑やかな日々となりました。森の中は旧軽井沢辺りの喧噪とは別世界。早春の風が梢を揺らし、鳥が囀り、それに孫達の楽しそうな嬌声が混じります。
 
庭掃除をしたり・・・・。
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焚き火をしたり・・・・。
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のんびりしたり・・・・。
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普段、忙しい父親と濃密な時間を過ごしたり・・・・。
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私はビーフシチューを作ったり、ローストビーフを作ったり・・・。
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私も老人の範疇なのですが・・・

2017/04/28 10:44
 作家の黒井千次さんが新聞のコラムで面白いことを言っていました。人間には赤ん坊、幼児、子供、少年、成年、壮年というように年齢に応じた区分と呼称があるのに、後期高齢者にはその次がないと。
 少年は青年へと成長する枠や希望があるのに、老人には次の枠がない。結論は今の枠の中でどう充実した生活をするかといったものでした。
 黒井さんはそうとうなお年ですから、このような思いをされたのでしょうが、その次の枠も必要だという強い気持ちも伝わります。
 私も70歳。すっかり老人の仲間なのですが、ある時は歳相応の老人に、ある時は青年や壮年へと、使い分けをできる気持ちと体力が残っていることは幸いといわなければなりません。もっとも無くなった頭髪、皺だらけの顔だけはどうしようもないのですが。

人生のスタートを切ったばかりの3人めの孫。4カ月になりました。何が待ち受けているのでしょうか。それとも何かを切り開いていくのでしょうか。
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東北スキー行脚 4月20日--24日

2017/04/28 10:31
 混雑する大型連休を避け、その前に楽しむことが恒例となった「東北スキー行脚」です。例年は八甲田山と岩木山、鳥海山などだったのですが、今回はまだ登って滑ったことの無かった秋田県の乳頭山と森吉山に出かけ、帰るついでに月山に回りました。
 相棒はスキーレースの師匠、山田さん。登る体力は私のほうがあるのですが、滑る技術は山田さんのほうが上。下山をしてみるとプラス、マイナスで大きな差はなし。良いコンビではあるのです。

4月21日 乳頭山

駐車スペースから秘湯、孫六温泉まで林道を800mほど歩き、登山口に到着。
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孫六温泉の裏からブナの林の中をのんびりと登ります。
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2時間の頑張りで山頂下の雪原・田代平に。
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田代平避難小屋。下半分、一階部分はまだ雪の中。
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たおやかな白い斜面が続く乳頭山。
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山頂で。あいにくの曇り空でしたが、後ろには秋田駒ヶ岳が。
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山頂からの滑降。
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4月22日 森吉山
 一度も訪れたことのなかった秋田・阿仁町の森吉山へ。山頂近くまでゴンドラが上がっているというお手軽山スキーができるエリアです。4月だというのに雪はタップリ。スキー場も営業中でした。
 天気が悪く、ホワイトアウトの中をGPSを頼りに登ると雲が切れ、山頂からの滑降を楽しみました。

森吉山スキー場のゴンドラ駅。
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いたる所、山スキーに格好な地形が広がっています。
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避難小屋の先に山頂がガスに包まれた森吉山。
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ようやく全貌を現した森吉山。
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4月24日 月山
 23日は八幡平の予定だったのですが、季節外れの雪と視界不良。さっさと諦めて角館に下り、桜を楽しみました。
 24日は高気圧に覆われ、格好の山スキー日和。月山に登り、下りは姥がケ岳から石跳沢に下り、志津の村まで滑り下りました。

23日は角館で観桜。垂れ桜が満開。ようやく訪れた東北の春です。
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志津の村から見上げる姥ケ岳。左側が石跳沢への滑降ルート。
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リフト乗り場への道もまだ雪はたっぷり。
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姥沢駐車場からリフト乗り場へは、スキーの板のみ雪上車で無料で運搬。ありがたいサービスでした。
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姥ケ岳にはTバーリフトが掛けられていました。
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月山へ。広大な斜面を皆それぞれのルートを選択しています。
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山頂まであと1時間。
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月山自然博物園まで下山。まだこれだけの雪。
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谷川岳 山スキー 4月14日

2017/04/16 17:12
 またも天気図に従って山スキーへ。水上地域の予想最高気温は14℃。急峻な谷川岳ではこのくらいの温度にならないと山の上は凍結していて危険なのです。 
 平日にもかかわらず大勢の人たちが。ほとんどが登山者で、山スキーヤーは私を入れて3名のみ。
 山頂からのコースは西黒沢の上部斜面から天神尾根に入り、スキー場の上部から、西黒沢と田尻沢を隔てている無名尾根を下るもの。滑降標高差は約1200m。
 広大な白い斜面と尾根筋は理想的なフィルムクラストとなり、素晴らしい滑降を堪能しました。

スキー場上部から望む谷川岳。まだまだ山スキーが楽しめるほどの積雪です。
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これぞ春山という感じののどかな尾根。アイゼンとピッケルの登山の人たちがほとんど。
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山頂は遙か。ひたすら登ります。この斜面の滑降が待っているのです。
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11時半、風も無く穏やかな山頂着。
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もう一方の山頂、オキの耳にも登山者が到達しています。
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素晴らしい滑降コースとなった、田尻沢と西黒沢を隔てている無名尾根。
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季節外れの雪 4月11日

2017/04/16 17:02
 守門岳から戻った4月11日は雨の予報。目覚めると雨垂れの音がしないので、寝室の窓から外を覗くと雪。一日中降り続き、積雪は25cmに。この冬もっとも長時間の降雪となりました。
 5日前にお花見を楽しんだというのに、真冬の世界へ。
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守門岳(大岳) 山スキー 4月10日

2017/04/16 16:55
 天気図が高気圧に被われることを示していたので新潟の守門岳へ。平日なので誰もいない静かな山かなと思っていたのですが、天気の良い日に行動できる幸せな人たちが十数人。私と同じ年頃の人たちが多かったのですが、皆パワフル。
 栂池や神楽峰辺りの今時の軟弱なバックカントリースキーヤー(失礼)なら、登りで負けることも、下りで負けることもないのですが、この日は登りも下りもビリ。ベテラン山スキーヤーに脱帽といった一日でした。 

下山後に振り返った守門岳。山頂から左へと延びる長大な尾根を滑降。
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登山の基点の「二分」。4月でもこれだけの積雪。
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下部は疎林の中の登り。先行者が二人。
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山頂はまだ遙か。中央の尾根を登ります。
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山頂へ続く最後の大斜面。
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広大な山頂。この先は雪庇が数十メートルも張り出しています。
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守門岳へと続く稜線。巨大な雪庇がまだ残っています。
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溢れるほどの時間の中で・・・

2017/04/07 18:10
 桜が満開になりました。孫たちとの観桜、一人での観桜と、連日、桜を愛でています。アーチのような桜並木の中をくぐり抜け、自由な時間を謳歌していると、詩人の大岡信さんが亡くなったことへの新聞の評伝が思い出されました。
 その中で、大岡さんが綴った「アナログ時計の秒針にうちまたがり / 同じ場所を飽きることなく回ってる人 / デジタル時計の数字の階段を / あへぎあへぎジャンプしつづけている人 / 時は彼らの外側でいつも 豊かに溢れつづけているのに」という詩を代表作の一つとして紹介していました。
 真理ではあるものの、現役世代はそうせざるを得ない人たちがほとんどでしょう。私もそんな生活がいやではありませんでした。自由な世界にいられた詩人ならではの視点かもしれません。
 今は溢れるほどの時の中で私は溺れているようです。幸せというものはどちらの側にもあるのではないでしょうか。
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北八ヶ岳 周回雪中散歩 3月24日

2017/03/31 14:45
 高気圧が日本の中心を覆うという予想天気図に誘われて北八ヶ岳へ。ピラタスロープウエイを下りると、そこは標高2200m。真冬のようなパウダースノーが待っていました。
 土曜日とあって大勢のスキーヤーで賑わっていましたが、クロスカントリーコースに入る人は疎ら。麦草峠に向かう緩い森林の中を滑り、麦草峠から茶臼山の反対側に回り、雨池峠を経由してロープウエイ駅に戻りました。
 滑ったり、登ったり、また滑ったりの複雑なコース。細いBDカルトと簡単に装着できる短いシールを使ったのですが、こんなコースにはウロコ板が合うようでした。

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休日とあってロープウエイ降り場は大混雑。
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しかし右に目を転ずれば静寂に包まれたようなツアーコースが延びています。
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森の中に入り、雪原を進み、林道に出て、また森の中へ。
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雨池峠の先に現れた縞枯山荘。
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無事に下山。春スキー恒例の"日干し"
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東北スキー巡り 天元台/蔵王 3月22/23日

2017/03/31 14:35
 レースの師匠、山田さんと天元台へ。目的は西吾妻山での山スキーだったのですが、天候が悪くゲレンデスキーに変更。翌日の蔵王も悪天候。遠くまで行ったのにがっかりなスキー遠征となってしまいました。

はるばると天元台まで。
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レースの師匠、山田さんはDPSを新調。
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山スキーは諦めて終日ゲレンデスキー。
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蔵王も山の上は悪天候。散々な東北遠征となりました。
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孫たちとスキー 3月19/20日

2017/03/31 14:29
 なによりの楽しみは孫たちとのスキー。よちよち歩きの頃から滑らせているというのに、大きな進歩はないのですが、一緒に雪の上に立っているだけで幸せな気分になるのです。
 下の孫が「お泊りをして浴衣を着たい」というので、今回は山荘で一泊してから草津温泉へ。天候に恵まれ、スキーと温泉を楽しんだ愉快な日となりました。

天狗ゲレンデで。
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念願の浴衣を着て湯治の気分。
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宿題が残っていました!!
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第71回リーゼンスラローム大会 男子5部出走

2017/03/12 16:03
 転倒で左足をひどく傷め、歩くのに支障が現れレースは無理かなと思っていたのですが、幸いスキーの姿勢を取るとなんとか滑れるので、完走狙いで出走。
 私が出るクラスは60歳から69歳までの男子5部。元気な老人が全国から120名集まりました。
 ゲートに入り、ピッピッピッーのスタート音が聞こえると、足の痛さも忘れ夢中で滑降。タイムは2分19秒、順位は63。この日出走した約320人中の総合順位は179位と、かんばしいものではありませんでした。
 来年からは70歳以上の男子6部に昇格?です。このクラスは元オリンピック選手、元全日本選手など強豪が控えています。まだまだ向上させるべき技術的な課題はあり、タイム短縮を目論んでいるところです。

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栂池自然園へ 

2017/03/09 15:42
 レース出走のために2日前に八方へ。あまりに天気が良いので練習を止め、栂池自然園までミニ山スキー。平日とあって山に入っていたのはオーストラリアかららしい外国人のグループのみ。紺碧の空の下に白く輝く後立山連峰を眺める雪中散歩となりました。

自然園までのフラットな林道を進む外国人のグループ。
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白馬連峰が指呼の間に望まれます。
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雪に埋もれた栂池ヒュッテ。営業開始は5月の連休でしょうか。
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足の怪我のため、本日はここまで。暑いほどの太陽の下、のんびりと昼食を楽しみました。
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高校の同窓生スキー会

2017/03/09 15:38
 高校の時に体育系の部活をしていた同窓生で組織する"東京六華会が、赤倉で催す恒例のスキー会に参加。主なメンバーは70歳以上。一番参加人数が多かった私の期が"若手" といっても皆70歳目前なのです。
 「そろそろ年かな・・・・」と思うことが多くなりましたが、怪物のように元気な大先輩たちの滑りを見て、「あと10年は大丈夫」と、いつも元気を貰うのです。

赤倉スキー場に集まったメンバー。平均年齢は75歳。
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根子岳 山スキー

2017/03/09 15:35
 好天に誘われて根子岳へ。この山の8合目付近までスノーキャットと呼称される雪上車の通り道があり、一回3000円でお客を運んでいます。山スキーヤーは独自の矜持を持ち、そんな利器に目を背け、スキーヤーやボーダーを満載にしたキャットにあっという間に追い越されながら、黙々と"道"の脇を登っています。
 私も利器がいやで、追い越されるのもいや。ということで、ずっと右側のゴルフ場から山頂を目指していました。今回は少し楽をしようと奥ダボスのリフトに一回乗り、キャットコースの右側の谷に入ってみました。
 これが大正解。新雪に覆われた素晴らしい大斜面が山頂まで伸びていたのです。何度も根子岳に来ていますが新しいコースの発見でした。登りも下りも楽しんだ素晴らしい一日となりました。

左手に北アルプスを望み、リフトの終点から登高開始。
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初めて入る山に向かって右手の沢。素晴らしい滑降コース。
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高度上げると発達した樹氷。
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山頂の祠で、全ての人の幸せを願ういつものお祈りです。
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数日前のパウダーが残り、滑降を堪能しました。
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湯の丸スキー場

2017/03/09 15:13
 午前はレース板でレースの練習。午後は山スキーに履き替えてゲレンデ外へ。遭難するような深い山ではないので、場外に出ることは規制されておらず。リフトを使い、山スキーのような楽しみが得られるお気に入りのエリアです。

リフトを下り、湯の丸山の登山道へ。前日の淡雪が美しく輝いていました。
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湯の丸山。例年より雪が多く、全域で山スキーが楽しめそうでした。
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ゲレンデトップから湿原への下りのミニ山スキーコース。
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湿原から見た湯の丸山。
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雪の中は暖かいのか? 疑問解消

2017/03/09 15:03
 先日、雪の中で水の凍結実験らしきものを行い、「雪の中は凍らない」ということは「0℃以下にはならない」「雪山で遭難したら雪洞の中に」という結論を導いたのですが、なぜ雪の中は暖かいのかという疑問は解消しないままでした。
 先日、高校の時の同期生で35次南極観測の越冬隊長を勤めたこともある雪氷学が専門のY君とスキーをする機会があり、「どうして雪の中は暖かいの?」と聞いてみました。
 答えは意外なものでした。雪の中に入れた水が凍らないのは、「雪が断熱材の働きをして冷たい外気を遮断するから」「しかし時間の経過とともに外気の冷たさは内部に浸透するから、いずれ低温となり、水も凍結する」。
 雪の中が無条件に暖かいわけではなく、外気の影響を受けずにその時の温度を一時的に保つというのが正解ということでした。なるほど納得。冬山で遭難した時、一晩くらいの雪穴避難はおおいに有効ということですね。

屋外で日中1℃の時、温度計を厚さ20cmの雪穴の中に入れ再実験。マイナス7℃に下がった夜間を経て12時間後に温度計を取り出すとマイナス3℃。なるほどという結果。雪の厚さによっても保温効果が違ってくるのでしょう。
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雪の中は本当に暖かいのか? マイナス10℃で凍結実験

2017/02/11 16:58
 学生の頃、雪洞を掘って冬山登山をしたことがありました。「雪洞の中は0℃以下にはならない」と言われていましたが温度を測ったことはありませんでした。
 最近、スノーボードでゲレンデを外れて遭難し、雪穴を掘って一夜を過ごして生還したという話をよく聞きます。雪の中は外気温に左右されず「暖かい」のでしょうか。長年の疑問を解消するために、夜間はマイナス10℃になる山荘の外で実験してみました。
 といっても時間を追って温度を測ったり、雪の深さを変えるようなものではなく、100ccの水を入れたペットボルトを約30cmの深さの雪の中に一晩埋めるだけの大雑把なもの。凍結しなければ雪の中は0℃以下になっていないことになります。
 さて結果は・・・・。写真のように100ccの水を入れたペットボトルの水に一切の凍結はなし。一方、外に出しておいたペットボトルの水はカチカチに凍結。
 雪の表面近くの温度は常に0℃ではなく、気温によって左右されます。スキーのワックスは雪温に合わせて選択します。それなのになぜ雪の中は凍らないのか。空気をたくさん含んだ雪が断熱材の効果を現すこと、地熱が放散されないことなどが考えられますが、この不思議に対する答えをネットなどで調べましたが、明確な答えは得られませんでした。氷雪の学術書などで調べてみることにしましょう。
 いずれにしても雪山で遭難したら雪洞の中に避難というのが正解のようですね。

ペットボトルに100ccの水を入れ、マイナス10℃の屋外で一晩放置した結果。外に出したものは凍結し、30cmの深さの雪に埋めたものは凍結せず。2日めでは表面の3分の1が凍結。ずっと0℃付近を保っているということではないようです。
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谷地平 雪中散歩

2017/02/11 16:57
 パルコール嬬恋スキー場の右上に広がる谷地平まで雪中散歩。無雪期は美しい湿原が広がり、トレッキングのための木道が伸びているのですが、雪の季節は訪れる人もなく、静寂に包まれていました。
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スキー場から離れ、緩い傾斜の森の中をのんびりと登ります。
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森を飛び出すと広い雪原。無雪期は湿原が広がっている場所です。
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雪のない季節はトレッキングのコース。標識の半分は雪の下。
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トレッキングのコースを外れさらに奥まで進むと第二の雪原出現。人類初到達?? この辺りは熊の住処と言われている所です。
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浅間林間歩道 雪中散歩

2017/02/11 16:57
 たっぷりスキーを楽しんだので、午前は休養にして午後から近くの林間歩道で雪中散歩。スタートもゴールも山荘の前というお手軽コース。毎日の運動と粗食で減量作戦は着々と進んでいます。

山荘の前からスキーを付けて出発。
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林間歩道をのんびりと雪中散歩。静かな時間が流れていきます。
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一人暮らしの食料事情

2017/02/05 19:12
 若い頃は一緒にスキーを楽しんだというのに、妻は寒さを嫌がり、冬の山荘ではもっぱら私一人。もっとも"70歳の老婆"にスキーを強いるのは酷というものかもしれませんが・・。 
 一人の時に食べるのはお湯を注ぐだけで出来上がるフリーズドライ食料。インスタント食品であることには違いないのですが、きちんと調理したものを急速冷凍する製法なので、なかなかおいしいのです。
 今週の山籠もりに用意したのはビーフシチュー、パスタ、味噌汁。こんな食事ばかりだと一週間で2Kgほど痩せるのですが、出た腹を引っ込めるには最適な減量法でもあるのです。
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山スキー 四阿山

2017/02/05 19:11
 土曜日は高気圧に被われ、絶好の山スキー日和。近くの四阿山に出かけました。登山口に着いたのは10時。既に登山者用の駐車場は満杯。路上駐車のクルマで長蛇の列。何年もこの山で滑っていますが、こんな混雑は初めてのこと。 
 登っていくにつれ理由が分かりました。好天という理由だけでなくスノーシューの若者が増えているのです。山の雑誌「PEAKS」などの影響なのでしょうか。雪山遊びがブームになっているようです。
 雪山用の帽子を目深にかぶり、ゴーグルをしていれば69歳の私も年齢不詳。若者に戻った気分で今年初めての山スキーを楽しみました。

登山口の駐車場は満杯。溢れた私は路上駐車の列の末端に駐車。
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高気圧に被われ、絶好の山スキー日和に。
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意外に近くに北アルプスの連山。向こうからこちらはどんなふうに見えているのでしょうか。
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本格的な雪が遅かったせいで樹氷の発達はまだ。遠くに四阿山の山頂。
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2354mの四阿山山頂。この人たちは若者ではなく(多分)、私と同じような年齢のスノーシューのグループ。
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ゲレンデスキー

2017/02/05 19:09
 エランGSXは期待に違わぬ素晴らしい性能で、山スキーはおあずけにして先週は軽井沢スノーパーク、杉の原、キューピッドバレーなどで滑走。すっかりゲレンデスキーヤーになってしまいました。

杉の原スキー場。
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キューピッドバレー
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軽井沢スノーパーク
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厳寒の北軽から春の熱海へ

2017/01/27 12:12
 世界的な地勢から見れば、日本は極東の小さな島国だというのが一般的です。しかし北海道北端から鹿児島南端までの距離は約2000Km。島を入れれば約3000Km。
 これをアメリカ大陸に重ね合わせると西海岸から中央部まで到達する距離。ヨーロッパ大陸に重ねればドイツ北端からフランス南端まで。小さな島国という一言では片付けられない大きさを日本が持っていることが分かります。 
 南北に目を転じてみても最長部は約200Km。その距離の間に大きな気候の変化も表れます。
 北軽井沢がマイナス10℃の厳寒の中だというのに、少し遅い新年会のために訪れた熱海はもう春。来週からはまた厳寒の世界へ。
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一晩で雪景色

2017/01/09 13:09
 山荘付近に雪が降る条件はきわめて高い確率で決まっています。太平洋岸に低気圧が接近し、大陸から強い寒気が南下している時です。垂れ込めた雲の色がだんだん濃くなり、そのうちに一ひら、二ひらと雪片が舞い落ち、それがどんどん増え、真っ白な世界に変わります。
 昨日もそんな気圧配置。幸い低気圧は足早に北東へ抜け、朝から青空が覗いています。積雪は20cm。ホンダ雪丸君の出番です。
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鹿沢・桟敷林道でクロスカントリースキー

2017/01/08 09:50
 山でスキーができるほど山に雪はなし。少しの積雪でも楽しめる林道でのクロスカントリースキーに出かけました。鹿沢の上から嬬恋に抜ける桟敷林道は格好の雪中散歩のコースです。
 高気圧に被われ、春のような陽気の中、のんびりとスキーを滑らせました。

久しぶりにクロスカントリースキー。
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積雪は5cm程度。クロカンには十分なコンディション。
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野ウサギの足跡を追って。
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峠に出ると信越、群越の白い山々が視界に飛び込んできました。
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40年以上使っているガソリンコンロ・スベア123に火を点け、チキンラーメンの昼食。
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孫たちとスキー 軽井沢スノーパーク

2017/01/08 09:49
 人は何のために存在するのか、などという哲学的な思考とは無縁な生き方をしてきたのですが、孫たちといるとそんなことにも思いが及びます。
 その人が意識するとしないに関わらず、周りの人たちを幸せにするということが一つの存在理由なのではないでしょうか。
 顧みて自分がそうだったのか、これからそう在らねばならないと、私に限りない幸せを与えてくれる孫達とスキーを楽しみながら思ったのでした。

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まだ開脚滑り。楽しそうに滑っています。
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ソリ遊びも楽しみの一つ。
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ゲレンデスキー 鹿沢と軽井沢スノーパークへ

2016/12/31 15:41
 雪不足で、滑られる場所はまだ限られています。人工降雪機をフル稼働している鹿沢も軽井沢スノーパークも一部のコースのみの解放。なかなかシーズンインという気分にはなりません。 
 天気図を見ると前線が頻繁に本州を通過し、その後に穏やかな高気圧が現れます。以前だったら、これは春間近の気圧配置。昨年も同様でした。気象の異常は進んでいるようです。

鹿沢からの帰り道。浅間山西面の積雪はわずか。
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"我が家のスキー場"軽井沢スノーパーク。雪があるのは一部のコースのみ。
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家への帰り道。二度上峠は晩秋のような装い。
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初 山スキー

2016/12/29 19:21
 なかなか雪が積もらなかったのですが、朝、窓の外を見ると雪。この季節の定番コースとなっている湯の丸・池の平のこまくさ峠へ。
 年末の休暇に入ったため、スキー場は賑やかだったのですが、林道コースに人影はなし。静かな雪中散歩を楽しみました。

昨日まで晩秋のような景色だったのに一転して冬景色に。
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静かな林道を黙々とシールを付けたスキーで登ります。
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滑られるのは平坦な林道のみ。籠の塔山はまだ晩秋のような装い。
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標高2040mのこまくさ峠へ。帰りは林道をボブスレーのように滑降。
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ようやく初滑り

2016/12/27 18:08
 「進化論が生命観として素晴らしいのは、生命が常に動的なものだという真実を指摘したところにある。ヒトはこれからも変化し続ける生命の未完成な一形態として、永遠の現在進行形にあるものだ」というのは生物学者、福岡伸一さんの指摘です。
 そうだというのに私の脳は進化論から取り残され ?? 遊びの内容は十年一日の如し。待っていた雪の季節が訪れ、パルコールで初滑りを楽しんできました。新調したエランGSX RACEはなかなか滑りやすく、今年のレースをおおいに楽しめそうです。
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3人めの孫 誕生

2016/12/21 11:00
 幼い頃「このお家にずっといる」と言っていた次女がいつしか家を出て、男児を出産。3人めの孫となります。
 若い頃は想像もしなかった家族構成となりました。スキーや山登りを一緒に楽しむために、まだまだ健康でいなければ・・・・。
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ELAN GSX RACE 今シーズンのレース板

2016/12/01 20:29
 昨シーズン、レース用の板を傷めてしまったので、やむなく新調。ワールドカップ選手が使うような板は老体にはもう扱えないので、アマチュアレーサー用のエランGSX RACEを選択。
 エランはニッチブランドといってもいいのですが、インゲマル・ステンマルクをアルペンレース界の王者へと導いた板として知られています。もっともそれを知ってエランにこだわるのは私のような年代のスキーヤーで、若い人たちにとってはステンマルク? Who という感じでしょう。
 チタンシートを2枚挿入し、インとアウトでキャンバーが異なる特異な構造。どんな滑り味なのか。初滑りを前にソワソワしているところです。
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行く秋を追いかけて・・・

2016/11/26 17:22
 スキーシーズン入りに備えてジムで汗でも流そうかと家を出たのですが、駅前の小さなイチョウ並木が美しい黄色に変わっているのを見て、まだ日本の秋を十分楽しんでいないことに気づき、目的地を石神井公園に変更。行く秋をおおいに堪能しました。

行く秋を追いかけて・・・。
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三宝池は東山魁夷の世界。
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終日、庭掃除

2016/11/23 11:35
 ネパールに行っている間に北軽井沢の秋は終わってしまい、庭は落ち葉で埋まっていました。例年だと少しずつ片づけるのですが、今回は落ちた物すべて。覚悟を決めて朝から作業です。
 まず熊手で落ち葉のかき集め。静かな森の中にカサコソと音が響くだけ。無心になれて好きな作業だったのですが、最近は大変な労働だなと思うようになりました。陽も傾く頃、ようやく全ての落ち葉をかき集めて第一日めの作業は終了。
 二日めは一輪車で落ち葉の山の移動。一部は庭の隅に、一部は焼却場へ。これで午前が終わり。午後はブロワで最後の仕上げ。石油タンクは満タン、除雪機のガソリンタンクも満タン。冬支度、完了です。

黄金の針のような唐松の落ち葉。植物が厳しい冬を無事に越すための自然の摂理。
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After。最後の仕上げはブロワで。緑の苔が現れました。
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秋を求めて家への帰り道。軽井沢から和美峠へ。
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ヒマラヤトレッキング 5550mのカラパタールとエベレストベースキャンプへ その1

2016/11/12 14:54
トレッキングのルート
 ヒマラヤには多くのトレッキングルートがあります。今回、歩いたのはエベレスト街道と呼ばれる一番、人気のあるルート。カラパタールという5550mの小ピークの登頂が目的ですが、そこから少し足を延ばすとエベレスト登山のベースキャンプに達します。
 カトマンズから国内線でルクラへ飛び、そこから毎日、毎日、歩き、6日めにカラパタールに登頂し、翌日エベレスト登山のベースキャンプまで登りました。下りはもと来た道。ひたすら下り、計11日間の山旅でした。
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ルクラから7日歩いてエベレストベースキャンプへ。

トレッキングの仲間
 同行は古い山の仲間の許斐さん(68歳)と佐藤さん(62歳)。そして私は69歳。いずれもリタイア組。まあ老人の部類ですが、体力は若者なみ?、もちろん気力もそう。見てくれはというと、まあ歳相応なのでしょうか。
 高山病にもかからず、ヒマラヤの大自然をおおいに満喫しました。
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10月17日 カトマンズに到着
 羽田を深夜12時に出発し、バンコクで乗り換え、昼、カトマンズに到着しました。空港の外には大勢の出迎えの人たちやタクシーの運転手が待ちかまえています。最初の仕事は運賃の交渉。運賃メーターのない質素なタクシーはおおよその値段で走っています。言い値は適正価格の2倍。これを半分に値切れば成功です。
 空港からカトマンズ市内までは約30分の走行で500ルピー。小さなクルマに荷物を押し込んで中心街のホテルに向かいます。信号はなし。右から左から、前から後ろからクルマとバイクが押し寄せ、人が横断します。クラクションの嵐の中をかき分けるようにタクシーは進みます。乗客だというのに手に汗握って、ようやくホテルに到着です。この日はタメル地区という旧市街を散策し、世界遺産の寺院を見学。

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カトマンズ空港に降り立ちました。タラップを降り、滑走路を歩いてターミナルビルに向かうという昔ながらの方式。
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タクシーはスズキの軽自動車をベースにインドで製造されているもの。走っているクルマの80%はスズキ製の古いものでした。
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世界遺産に登録されている市街地の中にあるダルバール広場の寺院。かつての王宮が置かれていた場所。2015年の大地震の痕がここかしこに残っていました。

10月18日 入山許可証取得
 観光局に赴き、トレッキング許可証を取得し、国立公園入山料を支払いました。パスポートと同じサイズの写真を用意し、必要事項に記入して許可証を発行してもらいます。
観光立国のネパールでは多くのエリアでこのような許可証や入園料が徴収されています。
 トレッキングの行程では数カ所にチェックポストが設けられ、許可証を提示する必要があります。江戸時代の関所のようなものですね。

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ネパール政府観光局の建物。
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入山届けに記入し、顔写真を貼って提出。世界中からトレッカーが訪れていました。
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無事に発行されました。明日からトレッキングのスタートです。
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市内の薬屋で高山病予防薬のダイアモックスを購入。

10月19日 トレッキングスタート
 カトマンズ空港の端にある国内線の飛行場から朝一番の便でルクラまで飛びました。片側7人、計14人乗りの小さな飛行機です。世界一危険な飛行場と言われているルクラに無事着陸すると機内から拍手が沸き起こりました。
 空港の外には大勢のポーターが待ちかまえていました。自分を売り込み、値段の交渉をします。トレッカーの数に対してポーターの数が上回ることから、日当は驚くほど低い水準にとどまっています。
 私たちはDaneさんという35歳の好青年に荷物を背負ってもらうことにしました。交渉の結果、日当は12ドル。下山してから少しのボーナスという条件です。その場で背負ってもらう荷物をまとめ、日本から持ち込んだ古い大きなザックに詰め込み、Daneさんに委ねました。
 4人のトレッキングが始まりました。すっかりロッジや土産物屋が多くなったルクラの村を抜け、ドゥドコシ川に沿って渓谷を遡ります。2カ所の「関所」を通過して本日の宿はジョサレという村のロッジ。標高は2740m。まだヒマラヤという感じではなく、木々が多く、畑が点在し日本の山村という感じ。歩行5時間ほどで第一日目が終わりました。

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朝、一番の国内線に搭乗。登山口のルクラまで。
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14人乗りの小さな飛行機。操縦の様子が客席から見えます。
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無事ルクラに着陸。
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離陸の様子。傾斜のある短い滑走路を一気に下り、崖に向かって飛び出します。
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我が登山隊。左からポーターのDaneさん、佐藤さん、許斐さん、私。
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ルクラにある最初の関所。ツーリストポリスによって入山許可証がチェッされ、持っているカメラの機種を届け出ます。
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のどかな山道からトレッキングのスタートです。
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長いつり橋を渡り・・・・。
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石造りのロッジに投宿。今夜の私の夕食は素朴なパンケーキ。

10月20日 ジョサレからキャンズマへ
 トレッキングの第一の山場。標高差約700mを登り3440mのナムチェバザールへ。多くのトレッカーはこの登りで高山病の洗礼を受けるといいます。日本では700mの登りではそう気を遣う必要はありませんが、息を切らさないようにゆっくり、ゆっくりと登ります。ゆっくりはネパール語でビスターリといいます。トレッカーはビスターリを合い言葉のように、のんびりと歩を進めるのです。
 2007年に訪れた時はこの登りでへばり、ナムチェバザールでは典型的な高山病の症状に見舞われ、辛い思いをしたのですが、今回は快調。ナムチェバザールに1日滞在して高度に慣れる必要も無く、その先のキャンズマという村まで進みました。
  ナムチェバザールまでは曇っていたのですが、峠の先は雲が切れ、8000mのローツェが紺碧の空の下、遠くに聳え、右手には鋭鋒アマダブラム、ガラスの城と形容されている6608mのタムセルク、馬の鞍を意味する6685mのカンテガが屹立し、ようやくヒマラヤに入り込んだという気持ちにさせてくれました。

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ドゥドコシ川に沿って深い渓谷を遡ります。
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標高差700mを登りエベレスト街道最大の村、ナムチェバザールに到着。
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かつては素朴な村だったナムチェバザールですが、多くの店が軒を連ね、カフェまでも開店していました。
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ナムチェバザールを越えると突然雲が切れ、ローツェとエベレストが眼前に現れました。いよいよヒマラヤの核心部に入ります。
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キャンズマという村のロッジで宿泊。主人がストーブに火を入れてくれました。
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私の夕食。フライドヌードルとミルクティー。
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フライドライス。いずれも500ルピーほど。
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質素ながら快適な寝室。
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ヒマラヤトレッキング 5550mのカラパタールとエベレストベースキャンプへ その2

2016/11/12 14:52
10月21日 キャンズマから3930mのパンボチェへ
 キャンズマからいったん3200mの谷へ下り、そこから3860mのタンボチェまで登ります。ここが第二の関門となります。息を切らせないようにビスターリ、ビスターリで登ります。タンボチェには大きな寺院があり、仏教僧が修行し、大きな祭りが開かれることでも知られています。
 タンボチェからは緩いアップダウンを繰り返し、吊り橋で何度もドゥドコシ川を渡り、パンボチェのロッジに宿を取りました。

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キャンズマから一気に谷の底まで下ります。せっかく稼いだ高度だというのに・・・。
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谷の底から3800mのタンボチェへ。
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この地域で最大の寺院。
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アアマダブラムの鋭鋒が群青の空に向かって聳えていました。
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奥へ、奥へと歩を進めます。
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パンボチェのロッジ。
 
10月22日 パンボチェから4410mのディンボチェへ
 約500m高度を上げ、ディンボチェという村へ。行程の正面にはローツェ南壁が立ちはだかり、右手にはアマダブラム、カンテガが、左手にはロブチェピークが意外なほどの近さに聳えています。
 ローツェ南壁はヒマラヤ屈指のバリエーションルートです。平凡な一般ルートからのエベレスト登頂などに目もくれない真のクライマーが挑戦します。2006年、東海山岳会が3度めの挑戦の後、冬の南壁を突破しています。
 スロベニアの鉄人クライマー、トモ・チェセンは単独アルパインスタイルで、わずか62時間で登攀して帰還したのですが、あまりの速さにその成功が疑われたこともありました。

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パンボチェを出てディンボチェへ向かいます。ずっと正面にローツェの南壁が望まれます。
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登ってきた谷を振り返る。大勢のトレッカー、荷物運びの人たちが行き交います。
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ディンボチェの村に到着。本日の夕食はフライドポテト。
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太陽光を集めてお湯を沸かす装置。燃料が少ないための工夫。多くのロッジがこれを使用していました。

10月23日 ディンボチェから4910mのロブチェへ
 いよいよヒマラヤの奥深くはいってきました。エベレストから流れ出す氷河の末端は大きな崖となっており、約300mの標高差を登ると氷河の端にある4910mのロブチェに到達です。氷河といっても厚い堆積物に覆われ、表面は瓦礫の集まりのようで、氷は見えません。
 正面には7165mのプモリが白いピラッミッドのように群青の空に向かって屹立しています。神々の座というにふさわしい気高さです。右手にはローツェから派生した尾根の末端に位置する7861mのヌプツェが聳え、その向こうにエベレストが山頂だけを覗かせていました。

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ディンボチェから丘に登り山腹を巻くようにトクラを目指します。この川の源はエベレストの氷。
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左手にはロブチェピークが聳えています。エベレスト登山の高度順化のために登られる山です。
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行く手には7165mのプモリが頂上を覗かせています。
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トクラに到着。ここからモレーンの末端の急な登りが始まります。
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モレーンの上にはエベレスト登山で命を落としたシェルパのモニュメントが。淋しくて厳かな光景でした。
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プモリが近づき、右手にはヌプツェが聳えています。すぐ先がチベットとの国境です。
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ロブチェの山小屋。大勢のトレッカーで混み合っていました。

10月24日 5140mのゴラプシェプから5550mのカラパタール登頂
 ロブチェを早朝に発ち5140mのゴラプシェプに向かいました。この高度ではもう村はなく、登山のための山小屋が数軒あるだけの登山の基地といった場所です。最初はここに泊まって高度順化をし、翌日5550mのカラパタールに登る予定だったのですが、同行の皆が高山病にならず、快調だったので、カラパタール登頂を目指しました。
 雪と氷に覆われた山ではないので、登頂というと少し大げさですが、それでも5000mを超えると別の世界に入り込んだようで、ヒマラヤに包み込まれたような感覚にとらわれたのも事実でした。目の前にはエベレストが聳え、ちょっと頑張れば手の届きそうな位置です。しかし8000mは死の世界と隣り合わせだと言われています。
 無事登頂を果たし、山小屋にもどったのは日も傾き始めた頃でした。

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カラパタール登山の基地、ゴラプシェプ。
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電力はソーラーパネルから。スマホやカメラの電池の充電は1時間300ルピー。
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プモリから伸びる尾根の末端に位置するカラパタールの頂。遠くから見ると砂の山のようです。
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カラパタールから望むエベレストの頂。意外なほどの近さに聳えていました。
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5550mのカラパタールの山頂で。

10月25日 ゴラプシェプから5364mのエベレストベースキャンプへ
 エベレスト登山のベースキャンプは標高5364mに設けられています。氷河の上ですが厚いモレーンに覆われて岩だらけの平地といった感じです。かつては登山隊が残したゴミが散乱していたそうですが、野口健さんが音頭をとって清掃登山を開始し、人がいた痕跡も感じさせない自然の姿にもどっていました。
 エベレスト登山の第一の難関と言われる下り巨大なアイスフォールが目の前に垂れ落ち、遙か上にノースコルが望まれ、その左上にエベレストが黒々とした南西壁を張り巡らしています。この壁は多くの登攀ドラマを生んでいます。
 この日はベースキャンプから一気に標高4679mのトクラまで下りました。

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凍てついた谷をエベレストベースキャンプ目指して登ります。
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アイスフォールの末端。エベレスト山頂へはこの氷の谷を右上へと登っていきます。
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登頂に成功したわけではないのですが、ベースキャンプで記念撮影。佐藤さんとポーターのDaneさん。
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ベースキャンプから下山。堆積の下は厚い氷に覆われているのですが、その痕跡は感じられません。
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トクラへの下山途中に会った日本の青年。トレッカーのほとんどは欧米人で、次いで韓国、中国人。日本人はほとんど見かけることは無かったです。

10月26日〜30日 下山 
 トクラからは連日、淡々と下山を続けました。登りは高山病に気を付け、遅々とした歩みでしたが、下山は体を下に落とすだけなので、登りに比べるとはるかに体への負担が軽減されます。
 下るにつれ酸素濃度が高くなるのもはっきりと感じられます。連日の深呼吸から解放され、こんなにも当たり前の呼吸がありがたいのかと、日常、気にもかけていない事が大きな事として認識されるのです。
 下山では登る時より一日短縮し、ルクラに戻り、国内便で無事にカトマンズに降り立ったのでした。

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6日かけて登った道を5日で下山。こんな余裕も生まれました。
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乙女の首飾りという意味のアマダブラムに別れを告げ・・・。
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来る時は雲で見えなかったタムセルクを仰ぎ・・・・。
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11日め、ルクラに無事到着です。
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ヒマラヤトレッキング 5550mのカラパタールとエベレストベースキャンプへ その3

2016/11/12 14:26
トレッキング中の宿泊
 ルクラからエベレストの麓まで5〜10Km置きに村が点在し、その中にトレッカー用の石造りのロッジが数軒、設けられています。日本の山小屋のような大部屋で雑魚寝というスタイルではなく、狭くて質素ながら個室。シングル、トリプルもありますが、多くはツイン。欧米のトレッカーが多いことからこのようなスタイルになっているのでしょう。
 標高4000mを超えると外気温はマイナス。室内の気温も0℃近くまで下がります。ロッジの薄い毛布だけでは寒いので、羽毛のコンパクトなシュラフを持参しました。
 宿泊代は一部屋200〜400ルピー(200円から400円)。ずいぶん安いのですが、ネパールの慣習として宿代を安くし、食事代で利益を上げるようです。我々は山中で11泊しました。

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石造りの立派なロッジ。中はベニヤ板で仕切られた簡素な造り。
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ベッドルーム。日本の山小屋に比べれば快適に休むことができます。
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食事はダイニングで。薪ストーブが備わっています。

トレッキング中の食事
 日本から一切、食料は持ち込みませんでした。ロッジでは夕食、朝食の用意があり、昼食も行程の途中のロッジで摂ります。
 夕食のメニューはダルという現地のカレー、フライドライス、フライドヌードル、フライドポテトなど。ピザ、スパゲッティを用意しているロッジもありました。
 朝食はナンのようなチャパティ、パンケーキ、ボイルドポテト、ボイルドエッグなど。昼食も同じようなメニューです。いずれも素朴な味で、日本とは異なった香辛料、調味料を使っているので慣れが必要でした。
 私は前回のトレッキングでお腹をこわしたので、用心してポテト、卵のみのシンプルな食材で作ったものを11日間、食べ続けました。
 価格はいずれも400〜500ルピー(400円から500円)。これに飲み物。ティー、ミルクティー、コーヒーなどがありますが、コーヒーは粉末、ミルクはパウダーを使っています。価格は100〜200ルピー(100円から200円)。
 もっとも高価な飲み物はコーラでした。500ml入りが300〜500ルピー。ネパールの人にとってはコーラ一本が5000円という感じです。標高が上がるにつれて価格も上昇します。全て人の背で時間をかけて運ぶため、仕方のないことですね。

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ボイルドエッグ。朝はいつもこれでした。塩を振りかけて。
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フライドヌードル。太い素麺のようなものを炒めたもの。野菜入り、卵入りなどのバリエーションも。
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フライドライス。細く長い米を炒めたもの。チャーハンのような味。中国製のインスタントラーメンもありました。
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フライドポテト。小さなジャガイモを切って炒めたもの。なかなかおいしかったです。
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フライドポテトのバリエーション。少しの野菜と卵入り。ロッジによって異なった作り方でした。
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ナンのようなパンケーキは朝食で。
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ダルバートというカレーを主にした定食。
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ヤクのステーキ。

高山病対策
 酸素濃度の低下と共に高山病の心配をする必要があります。一般に標高1000m上がるごとに酸素濃度は約10%低下するといいます。標高4000mでは60%、5000mでは約50%になります。頭痛、吐き気、だるさなど、重い風邪に似た症状が現れます。前回、訪れた時は標高3800mでこの症状が現れ、辛い思いをしました。
 今回はダイアモックスという高山病対策の錠剤(利尿剤)を毎日、摂取したため、標高5500mを超えても高山病の症状は現れませんでした。夏の間、約2カ月、標高1270mの酸素濃度85%の北軽井沢で過ごしたことも良い結果をもたらしたのでしょう。
 高山病にならなかったといっても、酸素の薄い所での生活は快適というわけではありません。24時間、深呼吸をしていなければならないのです。登る速度も遅くなります。日本の山では標高差300mを1時間というのが標準タイムですが、5000mを超えると標高差100mに1時間以上を要します。8000m峰登山では2時間以上を必要とするのではないでしょうか。

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カトマンズ市内の薬屋で高山病予防薬のダイアモックスを購入。20錠で200円。安いです。 
 
トレッキングの装備
 ヒマラヤというと厳寒の地という印象ですが、緯度は沖縄とほぼ同じ。暖かい地域なのです。ネパールの首都カトマンズでは汗ばむくらいで着るものは半袖。トレッキングで山の中に入ってもアウタージャケットは不要です。標高5000mを超えると0℃前後に下がりますが、日本の冬のような寒さは感じません。雪もなし。雪と氷は標高5500mを超えてようやく現れます。
 そのような状況ですから、装備も簡素。日本の冬山に登るような重装備は不要です。私は夏用のトレッキングシューズ、上下雨具、インナー羽毛ジャケット程度で、日本を出る時の荷物の総重量はわずか7Kg。
 行程中は一度も着替えはしません。湿度が低く、高度の影響で汗が出てもすぐに蒸発するようです。体がベトつくこともなく、汗の匂いもなく、快適に?? に歩行を続けました。
 登山装備はカトマンズ市内でも購入できます。多くの用品店が軒を並べ、日本で手に入るものは全て揃っているといっていいでしょう。手ぶらでカトマンズへ出かけ、装備を購入してからトレッキングにスタートできるのです。
 衣類やザックの多くはノースフェイス、マウンテンハードウエア、マムートなどのブランド品。といっても名前だけで全てが偽物。本物の5分の1以下の価格がそれを物語っています。しかし品質はそれほど悪いようには見えません。自分で品物を確認し、偽物に納得すれば良い買い物になることでしょう。
 


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日本の夏の3000m級の山を登ると時と同じ程度の服装と装備。4000mを超えても寒さは感じませんでした。

ヒマラヤトレッキング ポーター事情
 標高が高くなると少しの荷物でも体の負担になります。トレッカーのほとんどはガイドとポーターを雇います。代理店で行程の全てを仕切ってもらうチームではカトマンズからガイドが同行し、入山口のルクラでポーターを雇い、ほぼ空身で歩行を続けます。
 ガイドは不要なので、ルクラまで行き、ポーターを雇いました。ルクラの空港の外には大勢のポーターが待ちかまえ、トレッカーに話しかけてきます。ここで値段を交渉し、お互いに納得すれば、その場で荷物をポーターに背負ってもらいます。やりとりは互いに拙い英語。ポーターの人たちは生活のために耳から英語を学んだようです。
 私たちの荷物を背負ってくれたのはDaneさんという35歳の好青年。一日12ドル、無事に下山したら追加のボーナスという契約でした。ポーターとしてお願いしたのですが、Daneさんはロッジの予約(衛星電波を使ったスマホで)、ロッジでの食事の注文取りまで一生懸命に世話をしてくれました。
 11日間で150ドル(約15000円)の報酬でした。行程中のポーターの宿泊代、食事代は自分が負担します。手取りはそう多くはないでしょう。このような人たちのおかげで私たちは標高の高い所でもトレッキングを楽しめるのです。

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私たちの荷物を背負ってくれたDaneさん。

ネパール通信事情
 空港、ホテル、レストラン、カフェでWiFiが使えるのは当たり前のこととして、今回初めて知ったのは衛星からの電波を使ってヒマラヤの山中でも通信ができるようになっていたことです。
 エベレストリンクと名付けられたそれは、各ロッジがアンテナで衛星からの電波を受信し、後は通常のWiFiのようにルーターを経由して室内に電波を飛ばします。
 接続のためのパスワードは350ルピーで購入し、最初の通信から15時間100MBの使用が可能です。5000mを超えるヒマラヤ山中の山小屋から日本の家族とLINEでやりとりし、メールをチェックしたりニュースを確認するのは新しい体験でした。
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エベレストリンクのパスワードカード。

入山許可証の取得
 ネパールでの山歩きはトレッキング、トレッキングピーク登頂、7000m以上のピーククライムの3種に大別されます。トレッキングは標高6000m以下の山歩き、トレッキングピークは標高6000mクラスの登頂。
 トレッキングには入山許可証が必要で、さらに各国立公園の入山料も徴収されます。カトマンズに着いた翌日、ネパール観光局へ赴き、書類と顔写真を提出し、レジストレーションカードを発行してもらい、さらに私たちが入るサガルマータ国立公園の入園料を支払いました。二つ合わせて6000ルピー。観光立国ですから、このくらいの徴収は仕方がないですね。
 ちなみにトレッキングピークにも登山料が課せられていますが、約18座のうち13座が無料になったそうです。これらの登頂には、日本の代理店を経由すると渡航費用も含めて約70万円、カトマンズまで行って現地の代理店に依頼することも可能です。ベースキャンプまで自前で行くことが条件だと約10万円で登頂が可能。
 ベースキャンプには登山のための全ての装備が整えられていて、クライミングシェルパが待っているということです。

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レジストレーションカード。顔写真を張り、必要事項に記入。
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国立公園入山料の領収書。3000円。

国内線の手配
 カトマンズから登山口のルクラまではバスと徒歩で行くこともできますが、10日を要します。多くのトレッカーは国内線の14人乗りの年期の入った小さな飛行機を利用します。これだとなんと実飛行時間は30分。
 2800mの尾根の突端に開かれたルクラ飛行場はハンググライダーのテイクオフ場のようで、傾斜を利用して短い距離での離着陸を可能にしています。ランディングでは接地と共に坂を駆け上がり、テイクオフでは崖に向かって一気に飛び出します。成功すると(成功してもらわないと困るのですが)と機内から拍手が沸き起こります。
 拍手といえば数年前のことですが、国際線の古いアエロフロート機(ロシア)がモスクワ空港に無事に着陸した時、拍手が湧き起こりました。ヨーロッパの中でロシアの置かれた位置を示すような出来事でした。
 飛行機の手配はインターネットでも可能ですが、カトマンズで宿泊するホテルでもやってくれます。

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ハンググライダーのテイクオフ場のようなルクラ飛行場。

山旅の費用
 ヒマラヤトレッキングを扱っている旅行代理店は日本にも多くあり、登山経験の少ない人でも気軽に出かけることができます。費用は約50万円というのが一般的のようです。これにはネパールまでの渡航費、滞在費、山の中での食事代、ポーター、ガイド代まで含まれていますから、何の心配もなしにトレッキングを楽しむことができそうです。
 私たちはリタイア組は時間がタップリとありますから変則的な出発時間や寄り道も平気です。安売り航空券はネパール往復でわずか8万円。ネパール国内線が往復3万円。カトマンズ滞在4日間のホテル代が一人1万円。トレッキング中の宿泊代と食事代が一日2000円。総額は15万円程度でしょうか。ヒマラヤというと遠い所のように思われますが、意外に身近な所にあるのです。


トレッキングを楽しむ人たち
 かつてはヒマラヤトレッキングブームというようなものがあり、大勢の日本人が押し寄せたそうですが、今はほとんど日本からの人たちを見かけません。トレッキングの主役だった団塊の世代が歳を重ねたせいなのかもしれません。
 多くは欧米の人たち。リタイア組とおぼしき人たちの他に若い人たちの姿が多いのが特徴です。長い休暇を取れるせいなのでしょうか。
 グループでは韓国の人たちを良く見かけ、中国の人たちも増えているようでした。韓国では登山がトレンディなスポーツのようで、格好の良い衣装の溌剌とした若者が主体でした。
 日本の成年、壮年にも訪れてほしいものですが、長期休暇をとりにくい制度の下ではなかなか難しいのでしょうね。

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トレッキングの総括
 毎日、毎日、世界一の大自然の中を歩いていると、最初はヒマラヤの大きさに圧倒されたのですが、しだいにそれが毎日の当たり前の光景となり、そして朝になるとさらに上へと歩を進めることのみが目的となり、思考がすっかり停止し、それにも気づかなかったのはカトマンズに戻って知ったことでした。文明社会との乖離、あるいは自然との融合とでも言えるのかもしれません。
 自給自足の質素で素朴な山村を通過すると、人は生きるために何かをするのか、何かをするために生きるのかという、生にまつわる根源的な問いを与えられたようにも感じました。ヒマラヤトレッキング。単なる世界の屋根の麓を巡る徒歩旅行ではなく、様々な思いを残した山旅でした。

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新潟・塩沢の古い街並みで妻のキルト展

2016/10/10 23:35
 古い街並みが復元された塩沢の街でキルト展が10月16日まで開催されています。各商店や観光施設を会場に、街中を和のキルトで飾ろうという催しです。
 塩沢は江戸時代から紬の産地として知られています。和のキルトも古い和布を使うことから、縁あって会場になったというわけです。
 妻も実行側、出展者と二つを掛け持ちで、またも留守。10月の連休の初日、観光と"視察"を兼ねて塩沢を訪ねてきました。

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古い街並みが続く塩沢のメインストリート。中島家という旧家の主人が音頭を取り、年月をかけて整備、復元したものだそうです。

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中島家も展示会場に。古い家と古い和布のキルトの融合です。

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登山道のない山 浅間山外輪山・鋸岳へ

2016/10/10 18:30
 浅間山には長野県側から2本の登山道がありますが、嬬恋村側からも登れそうなことは山を遠望していてわかっていました。樹林帯をかき分けて森林限界を超えてしまえば、後は遮るもののない火山の斜面なのです。
 いろいろ調べて見ると登っている人がいるようです。好天の一日を狙って"小探検"に出かけました。
 登山口は嬬恋村のシャクナゲ園。標高1600mにある駐車場から登り始めます。観光用のシャクナゲ園の中をしばらく登ると道は途絶えます。深い熊笹の斜面をかき分けて進むと、時々踏み跡のようなものが確認できます。上へ、上へと奮闘するとやがて森林限界を超え、岩と火山礫の斜面が浅間山外輪山の鋸岳へと続いていました。
 鋸岳は黒斑山へと続く外輪山の端に位置しています。長野県側は火口壁が鋭く切れ落ち、広大な火口原が眼下に広がり、穏やかな山容の嬬恋村側の景色から一変します。
 "小探検"の登頂はまずは成功したのですが、下山時に森の中で進む方向を誤り、何度もGPSの世話になったのも楽しいおまけでした。
 道を整備すれば素晴らしい山になるのですが、自然のままの姿で残しておくほうが良いのかもしれません。

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熊笹の中の踏み跡を辿って・・・・・。

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やがて進むべきか、退くべきかと逡巡するほどの熊笹の大海になってしまいました。

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1800mを超えるとようやく森林限界に飛び出しました。

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2254mの鋸岳。浅間山の外輪山の一角です。

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左手には浅間山が聳えています。現在、火口近くは登山禁止となっています。

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右手は火口壁が黒斑山へと連なり、眼下には火口原が広がっています。

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晴天だというのに道迷い。スマホのGPSのおかげで無事に下山です。 

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八海山 登山 9月25日

2016/10/01 15:40
 まだ登ったことのない八海山へ。深夜、登山口に到着し車内で仮眠し、翌日、始発のゴンドラに。日曜日とあってゴンドラは満員。標高1147mの4合目まで楽ができるので人気の山のようでした。
 山頂までの標高差は573m。この程度ならと侮っていたのですが、次々と越えなければならないピークは全て岩山。鎖が張り巡らされているのですが、転落すれば大事故になってしまいます。日本版ビアフェラータといった感じで、大いにクライミングを堪能した一日となりました。

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標高差700mをゴンドラで楽をしてしまいます。これが八海山の一番の魅力か??

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ゴンドラを下りて2時間ほどで9合目に到着。好天の日曜日とあって、大勢の人たちが登っていました。

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9合目から先が八海山の核心部。7つのピークを越え、8つめが1720mの主峰・大日岳。鎖が張り巡らされているとはいえ、スリル満点の登山道でした。

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夏の終わり

2016/09/11 13:22
 北軽井沢から引き上げ、東京に戻ったのですが、こちらはまだ夏。布団を掛けて寝ていた生活からエアコンが必要な生活へと、大きな変化です。
 一カ月ほど暑さ知らずの夏を過ごしたのですが、それだけの温度差は厳しい冬が待っているということでもあるのです。漆の葉はもう色づき始め、唐松の葉さえ散り始めています。あっという間に一年が巡り、そして私も歳を重ねます。
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ローストビーフ マイスター???

2016/09/06 20:54
 料理といえば山登りの時の食事作り程度しかできないのですが、ローストビーフだけは何度か試し、ようやくムラのない仕上がりが得られるようになりました。スキルの蓄積とでも言えるでしょうか。
 まず強めの炭火で肉の周囲を焦がすくらいに焼き、肉汁を閉じ込めます。その次は微妙な火加減でジワジワと肉の塊に熱を加えていきます。
 トロトロと燃える熾き火を見つめながら、どうしてこんな時間を費やしているのだろうかと、不思議な気分になるのですが、これに集中できる時間を持っていることに気づき、そしてこれは幸せなことなのかも知れないと思うのです。

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竈に火を熾し、残り火でジワジワと肉の塊に熱を加えていきます。

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本日の仕上がりはこれまでの最良。素晴らしい晩餐となりました。
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常念岳から蝶ケ岳 縦走 8月31日--9月1日

2016/09/03 20:12
 ようやく台風一過の好天。今夏の課題だった常念岳から蝶ケ岳の縦走を楽しみました。三股登山口から常念岳山頂までの標高差は約1500m。そこから蝶ケ岳までは標高差300mほどのアップダウンがいくつか続きます。
 前日、クルマの中で仮眠し、明るくなった5時半、登山開始。5時間半で山頂に到達。この山の楽しさはなによりも展望にあります。梓川を挟んで対岸には穂高から槍ヶ岳に続く連峰が連なり、学生の頃、夢中になって登った穂高の岩壁、剣岳から一週間かけて北穂高岳まで歩いた稜線が見渡せます。
 眺望を楽しみながら、ひたすら歩き、蝶ケ岳のテント場に着いたのは4時。約10時間の歩行でした。翌日は早起きし、ご来光を見、朝日に輝く穂高連峰の荘厳な景色を堪能し、三股に下山。
 ウエストンが明治27年、常念岳登山の折りに宿を頼んだという堀金村の山口家を訪ね、当時のままに遺されている泊まった部屋に案内してもらいました。今は簡単に登れる山ですが、ウエストンは熊狩りの猟師3人に伴われ、稜線で野営。「この時の野宿の愉しかったことといったらなかった」と記述しています。広い座敷に佇み、しばし往時に思いを馳せました。
 
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前常念岳から常念岳山頂へと続く稜線。台風一過の素晴らしい好天に恵まれました。
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2857mの山頂。一番、身近な人たちの幸せから順番に、世界の人たちの幸せを祈るのが山頂の祠で習慣になってしまいました。
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眼前に連なる穂高連峰。左から前穂W峰、奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳。
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さらに目を右へ転ずると槍ヶ岳へ連なる稜線が・・。日本一の山岳景観といってもいいですね。
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夕方4時、蝶ケ岳のテント場に到着。常念岳が夕日に輝いています。
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翌日も好天。モルゲンロートに染まる穂高連峰を楽しみ、陽が上がるとさらに大展望。深田久弥ふうにいうと「大展望を前に、その場を離れがたく、私の歓びは尽きることがなかった」とでもいえるでしょうか。
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下山して、登山口の近くにある山口家を訪問。遺されているウエストンが泊まったという座敷を案内してもらい、アルプス登山黎明期に思いを馳せました。
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